
2024年の春に配信されたドラマ版Falloutがゲームの実写化として優れていただけでなく、単純に海外ドラマとしても素晴らしい出来で感動しました。そして、最終回で女性主人公ルーシーがニューベガスに向かったということで、ぜひFallout: New Vegasを遊んでおこう!となったのです。
先に自分のFallout歴を書いておくと、正直そこまで深くはありませんし、むしろかなり浅いです。Steamで確認した所、Fallout3はGOTYエディションを2012年に購入し、軽く触った程度でした。話題になった数年後にとりあえずやってみたのでしょう。
後述しますが、2000年代後半のオープンワールドFPSとしては当時、S.T.A.L.K.E.R.の方を遊んでいたというのがあります。FO3をそのあとに触った時もタイミングが良くありませんでした。ゲームに時間を割けない時期でしたし、時間を吸い取られそうなゲームは避けていたのかもしれません。ただし、Fallout 4は発売日に定価で買って、それなりにはやりました。(特にメインストーリーを進めず100時間ほど)
話を戻しましょう。というわけでNew Vegasを遊び始めたのですが・・・これがもう面白くてドハマりしてしまったのです・・・!今更、というかようやく・・・やっとFalloutというゲームの神髄を味わうことが出来た、と思いました。Falloutシリーズの特徴でもある、S.P.E.C.I.A.Lをはじめとするキャラ育成システムをようやく理解し、そしてその面白さを楽しみ始めることができたのです。New Vegasが最高傑作、という評価を耳にしますが、確かにそうなのでしょうし、私は古典的RPGの3D化作品としても最高峰なのではないかと思っています。攻略情報は一切見ず、しかも英語でのプレイだったので慣れるまで大変な部分もありましたが、とにかく面白くて止まらなかったですね。
ゲームの構造としては古典的な西洋RPGなのですが、それを受けてやっぱRPGって面白いじゃん!とも思いました。そして、まだまだ自分も長時間ゲームが出来るんだと感動したりもしました。結局、面白いゲームは止め時がないんだ!そのくらい面白いし、熱が収まらないゲームでした!
本記事では、このゲームについて思ったことや感じたことを書いていきたいと思います。ゲームデザイン論としてはFallout4との比較、そして、ドラクエなどの日本のRPG作品との比較、そして、似てるようで違うゲーム性を持ったS.T.A.L.K.E.R.シリーズとの比較も行います。文字数にして1万字を悠々と超えるわけですが、文字の多いゲームらしい結果と言えるでしょう。
そして、注意点として本記事ではMODについては考慮しないというスタンスで行きます。バニラの味を堪能しましたし、MODを否定するわけではないですが、New Vegasそのものの味を元に色々書いていく、というスタンスであることをご理解ください。
究極の『ごっこ遊び』
Fallout: New Vegasは本来の意味で、RPG"Role Playing Game"です。操作はFPSであり(もしくはTPS)、敵への攻撃もFPSとして行うこともできますが、ゲームのコアの部分はRPGとなっています。FPS要素のあるRPGとRPG要素のあるFPSは似てるようでゲーム性には大きな違いがあり、New Vegasは前者です。この対比についてはS.T.A.L.K.E.R.シリーズとの比較の時に詳しく説明しますが、Fallout 4との比較の際にも重要になる部分です。
というわけで、New VegasはRPG作品なのですが、RPGとはそもそも何だったのでしょうか。日本語で簡潔に言えば『ごっこ遊び』となるでしょう。子どもの頃のヒーローごっことか、おままごとはまさに『ごっこ遊び』であり、そうしたごっこ遊びは幼少期の後には卒業してしまうわけですが、青年や大人がシステマチックに、真剣に『ごっこ遊び』するというのが本来のRPGだったはずなのです。
日本ではそうした文脈はほぼ無くなった、あるいはテーブルトークRPGと完全に分化した、ということになると思いますが、そもそも・・・
"Role(役柄を) Playing(演じる) Game(遊び)"
ですからね。
西洋コンピュータRPGは黎明期から今日に至るまで、この伝統に忠実に作られており、それはNew Vegasもそうですし、2023年にGOTYとなったBaldur's Gate3もそうです。真の意味で仮想現実を作り、そこに自分の分身(アバター)としてのキャラクターをクリエイトして、その世界や社会の中での振舞いを意思決定していく、という高度な『ごっこ遊び』となります。
なので、本質的に西洋RPGはシミュレーション性が高いんですよね。世界シミュレーターあるいは社会シミュレーターを作り、その中に一人の存在として入り込んで、世界やその住人と関わったり、関わらなかったりする、つまり、出来る限り自由に行動できるようにする、という意味での究極の『ごっこ遊び』を目指すものが、西洋コンピュータRPGの基本理念だと考えられます。
そうした意味で、New Vegasは素晴らしい遊び場を提供してくれます。
現実はカオスである
現実はカオス、複雑系です。New Vegasだけでなく、多くの西洋コンピュータRPGは可能な限り現実に近いVirtual Realityを目指しますので、やはりそれはカオスになります。バグが多いって意味じゃないですよ!
New Vegasというゲームはカオスをカオスとして楽しむ、ということを目指して作られています。世界観としても秩序の無い(または低い)状態ですが、ゲームシステムも(特にUI周り)カオスとなっており、そこを克服するためにプレイヤー自身が知恵をつけなければいけません。
現実はカオスであり、秩序を作るのは人間、という思想すら感じられますね。プレイヤーはそうしたカオスに直面していくわけですから、正直言ってゲームとしては新規への参入障壁がめちゃめちゃ高くなってしまうわけです。
参入障壁の高さ
New Vegasは複雑なモノを複雑なモノとして、そのままプレイヤーに投げかけていきます。だって、現実はカオスだから。ゲームが投げかけてくるカオスを知識と経験で克服し、乗りこなさなければなりません。
もちろんビデオゲームですので、最終的にはゲーム的な部分はちゃんとありますし、そういう意味でNew VegasはコンピュータRPGとしてちゃんと良く出来ています。しかし、後述のユーザーインターフェイスの問題もあり、本当に滅茶苦茶です。
ここで注意が必要なのは、ゲームコンセプトとしてのカオスさと特にUIの問題によるシステム上のカオスさは分けて考えるべきだということです。つまり、単に不出来なUIによる混乱というのはゲームプレイやゲーム性とは分けるべきでしょう。ただ、難しいのはUIを親切にしすぎない、という思想もアリと言えばアリではあります。とは言え、本作はそれで擁護できるUIの質でもないので、そこについては後述します。
少し話がズレましたが、まず回復アイテムだけでも多すぎますし、更にそのアイテムを組み合わせてアイテムを作れたりします。素材用のアイテムもそのまま使えたりします。現実もそうですよね?食べ物の素材用のアイテムなんてなくて、そのまま食べようと思えば食べられるモノが多くあります。
そんなわけで、特にインベントリに関してはカオスそのものです。繰り返しますが、現実はカオスであり、そこに秩序をもたらすのが人間であり、人が持つ英知だからです。こう書くと欧米人、あるいはキリスト教圏の自然に対する態度がゲームの設計思想に繋がっているような気もします。しかし、そこは深追いはしません。
とにかく、プレイヤー自身がそのカオスに立ち向かい、頭の中でそれを体系化し、征服する必要があります。現実もそうですよね。現実や自然を読み解き、それを分類し体系化する、ということです。
なので、ビデオゲームとしての学習曲線のキツさは正直とんでもないことにはなっています。ユーザーインターフェイスの問題以外、New Vegasのゲームデザインは完璧だと私は思っていますが、なかなか他人には気安く勧められないゲームです。だって、慣れるまで50時間はかかりましたからね!完全に理解するのではなく、全体像をぼんやりと掴むまでに50時間ですよ!最初から面白いよ?面白くなるまで50時間掛かるってことじゃないよ?でも、それに耐えられる人間が何人いるんだろうという話です。
(難易度は変更可能です。そして、本記事ではMODを考慮していませんが、UI関係のMODがもしあるのなら、それは入れた方が良いのだろうとは思います。)
日本のRPGが行った抽象化
なので、New Vegasにドハマりしたけども、逆説的に日本のゲーム業界が行った、ドラクエを代表とするようなRPGの抽象化や簡略化は正しかったのだとも思いました。JRPGと西洋RPG、どっちが正しいかとか優れているかではなく思想もゲーム性も違う、ということを今回で体感を持ってハッキリと理解できたと私は思っています。
ドラクエはドラクエ6になるまで、薬草だけが回復アイテムとして君臨していました。(厳密には世界樹のしずく等がありますが)これはゲームバランス的にもすごいことだと思います。
RPGはキャラが死なないように回復しなければいけないわけですが、アイテムを消費して回復する、ということを抽象化したのが薬草(やくそう)というアイテムです。
薬草しかないからこそ、プレイヤーは薬草をいくつ買うか?誰に持たせるか?いつ使うか?節約すべきか?という意思決定に集中できる、ということになります。どの回復アイテムを買うべきか?どの種類をどれだけ買うべきか?などという問題を排除できますよね。HPが0になる前に何らかの方法で回復しなければならない、というRPGにおける最大の問題のひとつに対して、『やくそうを使おう!』と簡潔に解決策を示せるのですから。
FalloutあるいはNew VegasはWasteLandという別の現実世界を作り上げるために、世界観に合う食べ物を含む、回復アイテムを多数用意しています。それがプレイヤーがFallout世界に対して実感を得るために必要だからです。
ドラクエでは、まずRPGはHPを回復しなければならないということをプレイヤーに示し、(宿屋に泊まる以外に)薬草を使う事が回復行為だと明確にするために、回復アイテム=やくそうという風に抽象化、一本化しました。
日本の初期のRPGは多くが西洋RPGに直接的な影響を受けていたことを考えると、この思い切りの良いシンプル化はすごいことだったのだと思います。
武器運用もゲーム
強い武器を手に入れて強くなる、というのはRPGというジャンルにおいて、おそらくプレイヤーにとって最も強いモチベーションの一つだと思われます。それはNew Vegasにおいても変わりなく、やはり強い武器を手に入れた時の達成感やそれを使っての戦闘における爽快感は素晴らしいものです。

しかし、Fallout: New Vegasにおいて、強い武器を手に入れるというのは単なるゴールではありません。修理を含めた、武器運用を考える必要があるからです。このゲームには武器に耐久値"Condition"が存在し、一定値以下になると性能が低下し始め、下がるごとにジャムりやすくなったりと問題が発生します。なので、プレイヤーは常に武器のコンディションに気を配る必要があります。敵の強弱に関わらず、使えば必ず武器は消耗していくので強い武器を使えば弱い敵を一掃できますが、無暗に浪費したくはないな、という葛藤が生まれることになります(つまり、ゲームとの駆け引き)。やはり強い武器は強い敵に使いたいですからね。
修理システムは正直、色んなゲームにおいて議論を巻き起こしやすいシステムではあります。一言で言えば、めんどくさい!しかし、このゲームにおける修理システムというのは意味のあるものであり、それを考慮して武器に関する様々な要素も調整されています。要はちゃんとゲームになっているかどうか、なんですよね。そうでないなら、修理システムなんて無い方が良いと思います。
本作における武器運用システムは戦略ゲームとして非常に良く出来ているのです。『強い武器を手に入れて強くなる』というRPGにおける重要な戦略に武器運用が加わります。つまり、単に手に入れるだけでなく、その後の運用も考えなくてはいけない、ということです。
価格が高い武器ほど強い、というRPGの基本原則はその通りですが、このゲームにおいては修理費用も強い武器ほど高くなります。そして、特に銃火器類には銃弾が必要で強い武器ほど高価な銃弾が必要になる場合があるのが問題です。どんなに強い銃でも、銃弾が無ければ攻撃を行う事ができませんからね。
強い武器ほど価格が高い、しかし、高い武器でもコンディションが悪いとどんどん弱くなる、でも強い武器ほど修理費が高い・・・、じゃあ修理キットを使って自分で修理するか・・・でも特に序盤は修理キットに限りがある・・・というように、武器に関わる様々な要素との間にちゃんと駆け引きがあって、その中で上手く武器運用をするというのが、プレイヤーにとって重要な意思決定事項になっているわけですね。つまり、ゲーム内の経済や戦闘においてちゃんと駆け引きがあり、ちゃんとゲームになっているということになります。
武器運用と言えば、近年で個人的に思い切ったなと思うゲームは、ゼルダの伝説ブレスオブワイルドです。正直、かなり思い切ったシステムだなと思いました。武器が使い捨てって!しかし、これも要は武器運用をちゃんとゲームにしよう、というシステムだったわけです。
作業になってしまいがちな『修理』という行動を完全に切り捨ててしまうことによって、簡略化しつつプレイヤーに武器運用を集中させるという仕組みになっていました。これはプレイヤーの武器をコレクションしたい!という欲求とぶつかってしまうという部分はありますが、武器運用システムとしては一つの解答だとは思います。
修理システムというのは正直、色々なゲームで議論になりやすいシステムです。しかし、大事なことはそれが単なる作業ではなく、きちんとプレイヤーのゲームプレイにおいて重要になりうる存在であり、他の要素ときちんと相互作用するシステムになっているかどうか、という事だけだと思います。そうでないなら、修理システムはいらないと思いますし、だからこそゲームの歴史の中で消えていった要素だったはずです。
Fallout 4はFPS作品である
New VegasはRPGだと書きましたが、それに対してFallout 4 はFPSとなっています。当時の時代の流れを考えると、FPSへの移行は必然ではあったと思いますし、そこにクラフトやハクスラ、拠点防衛などの様々な要素を入れるのは、なんでも出来る夢のゲームを目指したものであり、色々なゲームの良い所取りした理想のゲームが出来ると自分も期待していました。
結果として、Fallout4 は面白いゲームではあったけれど、ゲームデザインの難しさを感じさせるゲームでもあったと思います。それはRPGとFPSの根本的なゲーム性の違いによります。
RPGは特に西洋RPGではキャラメイクが重要であり、つまりそのキャラクターの能力値がプレイヤーにとっての最大の関心事であり、自分の分身であるキャラの育成を楽しむゲームです。プレイヤーの強さやゲームプレイの幅はそのキャラクターの能力値に依存します。また装備も重要です。つまり、ゲーム内のパラメータが重要だということですね。
FPSは逆にプレイヤー自身の能力やスキルが問題となります。プレイヤー自身の反応スピードや操作精度で敵を倒したり、障害物を乗り越えていく必要があります。成長要素がある場合もありますが、それは補助的なシステムか、あるいは救済措置であったりします。
新たなスキルでゲームプレイが拡がることがありますが、しかしその能力を使いこなせるかどうかはやはりプレイヤー自身の操作精度に依存します。二段ジャンプで高い場所に登れるようになっても、タイミング良く二段ジャンプをする必要があるからです。武器も新しい強い武器を上手く使いこなし、敵にちゃんと当てる責任はプレイヤーにあります。
RPGとしてのFalloutはSPECIALとVATSこそ、プレイヤーにとって最大の関心事となるメインシステムであったはずです。これらのシステムはRPGであることを前提として作られたシステムであり、このシステムをゲームの中心に据えてレベルデザイン、バランス調整がなされています。
具体的には、New Vegasは敵がかなり強いです(Hardでやっているということを踏まえても)動きが素早く突進力もあり、種類によってはかなり賢い。だからこそ、キャラの成長や戦術が大事なのであり、VATSを使う意味がちゃんとあります。移動がFPSあるいはTPSであり、そのままFPSのように攻撃も出来ますが、しかし、それはあくまで直感的な操作を提供するためのものです。キャラクターの能力やアイテム、装備でなんとかしていくのがRPGであり、New Vegasはまさにそうしたゲーム性になっています。
FPSにおいて敵キャラというのは動く的であり、基本的に多くの一人用FPSにおいて敵は自キャラと同じか、ゆっくり動きます。なぜなら、FPSは的に狙いを定め撃って気持ちよくなるゲームだからです。特にDOOMはプレイヤーが敵に対して高速に動くFPSの代表ですが、素早く動けるからこそ爽快感が得られますし、敵がゆっくり動くから狙いやすい、となります。リアル系FPSの場合は、せめて敵キャラと自キャラのスピードは同じ速さになっているはずです。(そうじゃないFPSあったらごめんなさい。)
RPGはゲーム内キャラクターに依存し、FPSはプレイヤー自身に依存するゲームということになります。つまり一般論として、FPS要素のあるRPGはFPSのように直感的に動かせるRPGであり、RPG要素のあるFPSは補助的システムのあるFPSということです。
New Vegasは操作自体はFPSですが、ゲームプレイとしてはキャラをどう作り、育成していくか?この世界やそこに生きる人々とどう関わっていくか?を判断していくゲームなんですよね。この二つの軸がゲームプレイとしてのメインです。ただ、ちゃんとFPSとしても成立していることが素晴らしいですね。
Fallout 4はもうほぼ完全にFPSになっていて、正直Falloutの世界観を下敷きに新たに作られたFPS作品だったなぁと振り返ってみて思います。結果として、様々な要素を融合してゲームとして破綻はしていないのでスゴイけど、Falloutの従来のシステムは形骸化とまでは行かなくても存在感は薄れてしまったのではないかと、New Vegasをやった今は思います。今まで書いてきたように、なぜなら本来はRPGのためのシステムだからです。
S.T.A.L.K.E.R.との比較
S.T.A.L.K.E.R.とは日本での知名度はあまり高くありませんが、サバイバル系FPSの先駆者として現在でも多大な影響を持つシリーズであり、RPG要素を持ったFPSの初期の作品でもあります。2024年には新作も予定されているので日本でも流行ることを期待。
第一作である、シャドウ・オブ・チェルノブイリに当時の私は大きな衝撃を受けました。なんなら自分にとっては本格的な洋ゲーデビュー作品だったりします。それがFallout 3にならなかったのはなんでだったでしょうか・・・タイミングが悪かったのかもしれません。S.T.A.L.K.E.R.の廃墟萌えやオカルティックな雰囲気が良かったのかもしれません。
キャラの成長要素(ステータスやスキルツリーなど)はありませんが、アイテムを回収して、それを売ったりしてお金を稼いで、新しい武器を買ったり、アーティファクトと呼ばれる特殊なアイテムを拾って、プレイヤーの能力を向上させたり、依頼を受けてそれを達成して報酬を貰う、というようなRPG的なシステムがあり、それがS.T.A.L.K.E.R.を単なるFPS以上のモノにしています。
しかし、やはり本質的にはS.T.A.L.K.E.R.はFPSであり、しかもリアル志向なので、まっすぐ弾が飛ばない銃に悪戦苦闘しながら、プレイヤー自身が頑張って敵を打倒していかないといけません。そして、お金を貯めて弾がまっすぐ飛ぶ良い銃を手に入れた時にはRPGにおいて強い武器を手に入れた時のような感動を得られるのです。
New VegasとS.T.A.L.K.E.R.の比較は、前述のFPS要素のあるRPGとRPG要素のあるFPSの違いというものを分かりやすく示してくれる好例だと思われます。どちらが良いかではなく、そもそもジャンルが違うし、やはりゲーム性もコンセプトも似て非なるものだということです。
強いアイテム、スキルが多い
New Vegasのここは本当に素晴らしい部分なんですが、強い武器とかアイテム、スキルが多いんですよね。色々なプレイスタイルに対応するためだと思うんですけど、使ってみるとコレ強いじゃん!って思えるものが多い。もちろん使い方も大事になってくるんですが、成長させる意欲が湧くデザインになっています。RPGとしては当然なんですが、やっぱこういうのが大事ですよね。
ユーザーインターフェイスの問題
ユーザーインターフェイスの酷さは時代を考えても擁護は難しいと思われます。色々ありますが、Pip Boyの操作性やインベントリなど滅茶苦茶です。まぁ自分の感じたものを挙げていくと・・・
ボタンのコンテキストが一貫してない。
ボタンの意味が色んなモードでコロコロ変わる。いわゆるゲーム内のスイッチを押したり、アイテムを拾ったりするインタラクト・ボタンはEキーですが、修理依頼のダイアログではEキーが終了ボタンになってたり、とかですね。大体のモードでXキーが終了やキャンセルなんだからXキーでいいじゃん、という話です。
アイテムの分類が不十分
とりあえず最終的にMISCに全部ぶち込んじゃえってなってるのがすごいです。素材類とかキーアイテム、武器のカスタマイズパーツがココに全部一緒にされますからね。
トレードの時に自分の持ってるアイテム数が分かりにくい、とかもありますね。UI周りについての文句はキリがないと思います。
まぁでも、ここらへんの不満点は本当に今更のことなんでしょうね。2024年に騒ぐことではありません。これらを解決するMODは存在してると思います。Fallout 4ではUIについてムカついた記憶もないので、あくまで過去の遺物でしょう。ダメなUIの教材としては個人的に今後活用したいとは思います。
不便を楽しむ、という風情はもちろんあるわけで、Fallout: New Vegasもそこを楽しむゲームではもちろんあるわけですが、それにしてもやっぱゲームとして必要のない苦労は排除すべきだな、と思います。ただ、不便な部分を便利にしたり楽にしたりする能力はあったりするので、それを活用しよう!というゲームであることは忘れてはいけません。
ただし、まずどんな能力(パーク)があるかを把握するのが大変なゲームでもありますからね。ここが難しい所で、プレイヤー自身がNew Vegasで生きていくために必要な知識をつける、というゲームなので便利にし過ぎてもダメ。没入感を削ぐから説明しすぎてもダメ!というのがあるんですよねぇ・・・。
New Vegasの正当進化
改めてFallout 4 における、Falloutシリーズのゲーム性をFPSへほぼ完全に移行させたのは、時代を考えれば不可避な事だったと思います。しかし、結果として、S.P.E.C.I.A.L.システムやV.A.T.S.があくまで世界観を表す程度のオプション的存在になってはしまったわけです。(V.A.T.S.はまだFPSが苦手な人の救済措置という部分はありますが)
この二つはまさにRPGのためのシステムであり、これを中心にゲームデザインがなされていたわけですからね。Fallout: New Vegasはとても面白いですが、構造としては古典的RPGではあるので、今後この方向性に戻すというのもまぁあり得ないと思いますし、そういう意味で、Fallout 5はどうなるのだろうという興味はあります。
それはそれとして、New Vegasの路線を正当進化したゲームで遊びたい!と思いました。もちろんUIは大幅に改善されたモノで!Fallout シリーズじゃなくてもいいから誰か作らないかなぁ。グラフィックも正直、こんくらいで良くね?とかも思いました。
プレイヤーが行動することへの見返り
これはゲームとしては当たり前ではあるんですけど、Fallout: New Vegasはプレイヤーが色々やったことに対して、前向きなレスポンスがあるし、細かいフィードバックがあるんですよね。だから、どんどん色んなことに挑戦する価値があるし、してみたくなる。
プレイヤーの様々な行動の統計をゲーム側が細かく計測しており、それが熟練度のような形で評価され、一定の値を超えると経験値をもらえたり新たな能力を獲得できたりします。例えば、昆虫型の敵をたくさん倒すとBug Stomperというパークが獲得でき、昆虫との闘いが楽になる、という形です。いわゆる熟練度システムなわけですが、単なる経験値稼いでレベルアップという構図ではない成長システムって良いなぁと思います。
S.P.E.C.I.A.Lが基礎ステータスなのに対して、多くのスキルがあり、どのスキルも強みがあって伸ばすとちゃんと良いことがあります。
そして、RPGと言えば探索なわけですが、探索をすればちゃんと良いことがあります。ちょっと道を外れると酷い目にもあるわけですが・・・それもRPGの醍醐味ですからね!危ない地帯と安全な地帯を頭に入れて移動するというのもRPGにとって大事な知識ゲーの部分ですから!
このゲームはプレイヤーが何かをすることに対してのゲームからの評価は、かなり素直にプレイヤーを褒めて見返りをくれるものになっています。だから、自分のやりたいと思ったことを一生懸命やってね!というゲームになってるんですよね。ある程度ハードルの高いゲームではあるわけですが、ここら辺は全然いじわるではなく、褒め方は素直ですし、本当に王道なので、強い敵にボコられてムカつくことはあってもやっちゃうんですよね。
RPGとして良く出来てる。
伝統的なRPGとして本当に良く出来てると思います。こういうゲームで導線として機能するメイン・ストーリーも丁度いいですし、ちょっと外れた所に行っちゃうとクソ強い敵が出てきてボコられるっていう昔ながらのRPGあるあるもちゃんとあります。問題解決の手段がちゃんと色々あるのが良いし、だからこそ自分のやりたいプレイングの方向性を突き詰めた方が良かったりするので。そっちの方が絶対面白いですからね。
最初の方にも書きましたが、あぁやっぱRPGって面白いんだなぁと感動しました。結局、RPGは今もなお一大ジャンルのひとつですよ。
まとめ
というわけで、New Vegasについて思ったことを書いてみました。本当にハマりましたからね。遊ぶ機会を与えてくれたドラマ版Falloutには感謝です。
Unityでゲームを作る、という趣旨のブログを運営している者としては、このような無邪気にゲームを遊んだという記事を久々に書けたことは逆に良かったと思いますし、以前から少しずつ沸き上がってきているRPGを作りたい、という欲求がNew Vegasでかなり刺激されました。いよいよ、どういうジャンルのゲームを作るかを絞る時期に来ているのかもしれません。
本当に色んな意味で、このタイミングにNew Vegasを遊べたことはすごい良かったです。